松代のヘアサロン

庭をとりまく、さまざまな場と出来事
 長野県北部にある松代町は、ゆるやかな扇状地の裾野に位置し、湧水と屋敷池をむすぶ網目状の水路がつくる風景と、歴史的な街並みがところどころに残っていた。敷地は街の周縁部にあって、水路の跡と小さな庭池がつくる微地形を下敷きに、豊かな雑木林の庭がさまざまな生活の場を描き出している。数年前に河川が埋め立てられてできた前面道路は、幹線道路として、これから車通りが多くなることが予想され、敷地の裏手が表に反転した不思議な風景が車通りを迎えている。

庭のある池のタイポロジー
 松代のまちでは、湧水が多く点在し、敷地をまたいで水路が街中に張り巡らされています。そのため、松代にある住居の庭園には池があることが多く、そこでは、鯉やザリガニやヤマメを放ったり、暑い日には散水をしたり、農業用水に用いたり、水質が良かった時代には洗濯や洗面などの生活用水としても用いられていたようだ。現在では、水路・池・河川は道路建設や住宅開発によって、徐々に埋め戻され暗渠化され、水の循環が失われつつある。池のある庭の風景を、航空写真から家・庭・池の配置の関係をリサーチし、類型化しようと試みた。
 暮らしと自然環境とここに住まう人たちの関係に根ざした「関係」が、境界の観察から見えてきた。

境界の観察
 敷地の境界をつくる塀・植栽・建物などは、隣あう敷地や道路との関係を調整するように、互いに反応しあって、作られたり作られなかったりした。計画された都市における境界とは違う、場当たり的な境界の設えです。暮らしと自然環境とここに住まう人たちの関係に根ざした「関係」が、境界の観察から見えてきた。

庭の植生のリサーチ
 敷地の庭は、多種多様な木・草花が生い茂った雑木林となっていました。施主の家族が「小さな森」の運動に倣って、近隣の山から木を植え替えて庭を作り始めたことで、雑木林となっていきた。雑木林の庭を通り抜ける、緑のトンネルのような道は、近所の幼稚園の散歩ルートとして親しまれ、烏骨鶏が歩き回り、木陰でくつろいだりと、庭を超えたスケールの木々があらゆる生物の居場所と出来事をつくりだしている。
 ひとつひとつの植物を調べてみると、ほとんどが雑木で形成されていることがわかる。雑木に溢れた庭では、夏には木陰となり、秋には紅葉し、冬は葉が落ちて常緑樹が際立ち、時々果実がなったり、色とりどりの草花が木々の間に咲きます。庭の表情は日々うつろっていく。庭は隣地にも拡張し、更新され続けている。

プロセス1・・・隣家改修案
 施主の家族は、空き家となった隣家とその敷地を手に入れ、隣家の建物を「はなれ」として改修し、生活の場でもある豊かな庭と連関するヘアサロンをつくることを希望していた。雑木林の木陰・庭で飼われる烏骨鶏・近隣に解放された通り抜け・薪割り・ザリガニの池・農小屋と畑仕事・生活クラブ・ときおり訪ねてくる家族・ピアノの演奏・本のコレクション・山の開拓…敷地の内外に散らばり連関するさまざまな場と出来事につながり、その大きな流れの一端を結びとめるように、小さな改修を行うことができないかと考えている。

プロセス2・・・母屋複合改修案
 はなれの計画から、施主の家族が住んでいる母屋の一部をヘアサロンとして改修する計画に変更となりました。庭に開いた立面をもつ母屋は、改修に対して制限の強いパネル工法で施工されていたため、ヘアサロンは建具・家具を中心とした改修計画としました。また、母屋と庭の間にある、施主の父によって仮設的につくられてきた小屋の空間性やそこでの活動を継承するように、庭やガレージなど敷地全体を少しずつ設計することにしました。
 新しく計画した母屋とガレージを繋ぐ渡り廊下では、ヘアサロンへのアプローチ・看板として機能し、また庭が二つに分節され、前面道路に向けたポケット空間も生まれます。敷地全体に手を加えていくことで、ヘアサロンでの体験と庭での体験と施主家族の活動が結びつき、場と出来事の連関が一層発展させていくことを考えています。

ここにしかない技術から、デザインへ
 母屋の前面には、施主の父によって仮設的につくられてきた小屋が、生活のさまざまな物品と活動を受け止め、庭に心地よい居場所を提供していました。とはいえ、違法建築化しているそれらの小屋は一旦取り壊すこととし、新たに設られる渡り廊下は、それら小屋の空間性・工法・スケール感を観察し継承するようにし、施主自らもまた建設に参加できる合法化された建築として設計することとしました。
 この敷地で、施主によって実践され積み重ねられてきた豊かな生活を支える、特有の「技術と風景」を継承することが、ここにしかないヘアサロンと、心地よい暮らしの空間をつくることにつながると考えています。インフォーマルでイリーガルな造作物を、フォーマルでリーガルな建築物へと翻訳することも、プロフェッショナルな設計行為のひとつです。

プロセス3・・・母屋ヘアサロン改修案
 主屋の1階を全体的にヘアサロンとして使えるように、住宅部分も設、2階は施主夫婦の将来の居住スペースとして増築部分とつなぐブリッジを設る計画となりました。母屋の2階に居住していた母は、父の移り住んだ隣家へと引っ越すこととなったため、敷地全体にわたって、施主家族の豊かな暮らしぶりが垣間見えるさまざまな用途の部屋・小屋・場所を、どのように配置し使いこなしていくのかを、施主とともに考えるプロジェクトへと、計画の全貌が更新されました。

ここにしかない素材から、デザインへ
 一方で、ヘアサロンの内装は、周辺地域から安価に集めることができる「有閑木材・端材木材」「柴石」「松代焼」「麦藁」などを建材・仕上げ材として活用することにしました。流通経済の中では、廃棄・放置されてしまっている材料を集め、建築の材料として新しい価値を与える試みです。また、施主が小屋づくりなどで培ってきた工作の経験を、ここにしかない技術として建設プロセスに積極的に組み込むことで、ここにしかないデザイン=ここだからこそあり得るデザインを、店舗のアイデンティティーとして創出するよう、工法と材料の研究を設計に反映していきます。建築の近代化以降の分業化と専門家によってつくり上げられてきた「建設スキーム」のオルタナティブを発見し、実践する試みでもあります。

不確かな補助線
 私たちは、この敷地を取りまく小さな無数の物事から、松代の大きな風景へとつながっている、物事の回路を見つけ出した。それは、長い時間をかけて脈々と受け継がれてきた地域の歴史に、たくさんの暮らしの技術と材料が接木されるようにかたちづくられた豊かな関係性であり、それこそがこの敷地で最も大切にしたいことだと気がついた。この豊かな関係性に、住まい手が自らが、新たな技術と材料をまた接木することができるように、寛容と自由を用意したい。ここで建築をつくるということは、私たちも想像しきれない暮らしの技術と材料がつくる豊かな風景へとつながる、不確かな補助線を引くことなのだと思う。

Credit

主要構造:木造
所在地:長野県長野市松代町
主要用途:兼用住宅(ヘアサロン・ショップ)
敷地面積:2092㎡
建築面積:100㎡
延べ床面積:100㎡
設計期間:2022年3月〜2023年3月
施工期間:2022年4月〜予定

設計監理:冨永美保・市川竜吾・藤城滉俊/トミトアーキテクチャ
調査計画:冨永美保・市川竜吾・牧迫俊希/トミトアーキテクチャ
     田中優衣・松野真翔/2021夏インターン
     板垣諭史/2022春インターン
調査協力:鈴木理沙子/SU place
構造設計:三原悠子/Graph Studio
施工:佐藤慶一/椿建築所
写真:冨永美保・市川竜吾・藤城滉俊