安吉
生活の全てが〈むら〉となる
浙江省安吉(アンジン)県は、中国でも有数の竹の産地だ。竹は元々熱帯系の植物で、中国での竹分布も約670ヘクタールに及ぶ全竹林面積の半分以上が、南部に位置する福建省、江西省、浙江省などの各省に存在する。わたしたちの訪れた報福鎮もそういった竹産地の只中にある。山深い渓流は巨石を運び、石材の産地としても有名で、竹と石の産出とそれらを用いた生活用品と工芸品の生産といった産業が長らく村の経済の中核となってきた。また、人々の生活は半農によって成り立っていた。それは、トウモロコシなどの雑穀と青果を生産するいわゆる農業に加えて、豊かな山林で採集できるタケノコや白茶の加工、食用の昆虫の採集、竹林鶏の養鶏など、さまざまな手立てが竹と石の産業に混合して、産業と文化から生活をかたちづくっている。天然素材のみでつくる豆腐屋、昔ながらの方法で農具や包丁をつくる鍛冶屋、すべて綿布の手縫いでつくる靴屋など、個人の手の技術によってつくられる生活用品の生産もまた、村の生活が表出した小さな産業として垣間見ることができた。
社会主義国家である中国では、土地の所有は基本的に国家または農民集団に限定され、国民は一時的な使用権だけを得て土地を借用している。そのため、特に都市計画のない農村部では、虫食い状に土地が借用され、残地が道路や広場となり、所有意識のあいまいな街路や庭などの外部空間までもが、人々の生々しい生活の場として日々共用されている。村のいたるところに集まって話をする姿や食事の準備から、学校や冠婚葬祭まで、産業と文化などの生活の全てが集まって「むら=群」、つまり「むら=村」がかたちづくられている。
村は急激な発展の波にもさらされている。上海市や蘇州市からは車で約3時間、杭州市からも約1時間の距離にあり、竹林と渓流の豊かな自然環境を有する報福鎮は、今、そういった急速な経済成長を遂げた大都市の人々のリゾート地として開発されている。それに伴い、主産業も第一次、第二次産業から、観光をメインとした第三次産業へと移行しつつある。鎮政府の置かれる報福村には、ファストフード店やスーパーマーケット、都市部と変わらない生活雑貨店もできている。村の中心部には、高層リゾートマンションが林立する街区が計画され、赤土が露出した広大な敷地がその建設を待っていた。
Credit
対象:中国・浙江省安吉県報福鎮報福村
方法:写真
観察:2018年〜2019年
図版:市川竜吾
参考文献
スザンヌ・ルーカス『竹の文化誌―花と木の図書館』(2021)原書房
清岡高敏『竹資源―新素材「竹」の産業化が始まった』(2001)マネジメント伸社