上海

うごめく都市
 2017年の初夏に訪れた上海は、ありとあらゆるものごとが、もぞもぞとうごめいていた。街を行き交うたくさんの車と自転車、市場や商店に集まり路上を社交場にする人々、都市空間の中に繁茂する植物たち、趣味として飼育され街中の市場で取引される小鳥や昆虫。それらと共に、街路の上空にたなびく洗濯物、路上にあふれ出る商品の野菜や果物、食べ物や動物の匂い、話し声と行き交う車の騒音、膨張するようにつくり変えられる建物、今まさに解体され建設されている街区。すべてのものごとが、それぞれの速度で動きひしめきあって、湿度のある熱気を発している。
 上海はまた、中国の1990年代からの急速な経済成長の主役となり、2010年頃をピークに成長の速度を緩めつつある現代中国経済の写し鏡となっている。うごめきは、経済成長や都市開発といったひとつの明確な目的に向かった大きな胎動のように見えて、その実は、開発の大きな作用に、都市に生活する人々の小さく無数の動きがせめぎ合い、ひしめき合って生まれている。解体を待ち放置された万博跡地、あっという間に廃れつつあるレンタルサイクルの壊れた自転車、土ぼこりに覆われた新しい道路。上海は、新しいものも古いものと分け隔てなく、時間の変化にさらされて、次に生まれてくるものを貪欲に飲み込み続けている。

上:パスポート・公共交通カード・硬貨 / 中:一度の渡航で手元に残ったレシートなど / 下:計8回の渡航でフィールドワークを行った経路の全記録(赤線:経路、赤点:宿泊場所、黄線:高速道路、青線:旧上海県城の城壁位置)

上海の成り立ち
 上海は、港を中心に商業都市として形成されてきた。唐時代の末期となる9世紀ごろから、長江下流域に商業が集積しはじめ、商港として13世紀後半には上海は地域経済圏の中心地となっていった。この地域は穀倉地帯としても繁栄し、綿作の技術が伝えられる14世紀の明時代になると、綿花の生産と紡績工業によって、国際交易の拠点として東アジアの資本主義経済の中心地へと発展を遂げていく。16世紀になると、上海はそうした豊かな商業資源を狙った倭寇の襲撃を頻繁に受けるようになり、上海県城となる城壁を築いて都市防衛にあたるようになる。東西1.7km、南北2kmの楕円形の城壁都市は、清時代を経て繁栄を続け20世紀初頭には城内領域の人口は20万人を超えるようになる。これは、新宿御苑に新宿区民全員が集まった状態よりも人口密度が高いことになり、城内が交易と物流でいかに繁栄し、人と物がいかに高密度に集積していたかが想像できる。
 1843年、アヘン戦争によってイギリスは上海を西欧各国に向けて開港し、上海県城の外部にイギリス租界が事実上の植民地として形成されることになる。租界は、当時「華界」と呼ばれた城内との人種分離政策をとることで、上海には二重の社会構造が形成されていく。19世紀後半から20世紀初頭には、アメリカ、フランス、そして日本と、次々に租界が形成・拡大され、この巨大な国際都市上海は、西欧・中国・極東アジアのあらゆる文化・資本・娯楽が渦巻く「魔都」へと変貌を遂げていった。
 その後の中華民国時代には、植民地化した上海を復興するための再建計画による都心移転、日中戦争による日本軍占領を経て、戦争終結後40年は中国共産党政権による国家政策からは取り残されるこことなってしまう。しかし、一転して1992年の鄧小平の南巡を経て、上海閥の江沢民へと政権が引き継がれると、上海の都市開発は急速かつ劇的に進められることとなる。土地の強制収用、道路の高架化、環状道路の整備、空港建設、地下鉄とリニアモーターカー整備、高層マンション建設、外資企業の誘致などが国家政策として推進された。1000万人弱であった人口は、わずか20年で倍増し、2012年には2000万人に達して市内総生産は中国最大となった。一方で、人口増の主な要因は農村などからの流入で、社会保障と所得の格差が顕著となり、急速な都市開発は租界時代とは異なる二重の社会構造をも生んでいる。

写真:黄浦江を挟んだ外灘と浦東エリアの変化(左:1930年代 / 右:2018年)

Credit

対象:中国・上海市街
方法:写真
観察:2017年6月〜2019年9月
図版引用:湯佛康『百変上海―SHANGHAI NOW AND PAST』(2018)上海人氏美術出版社

参考文献
平本一雄『世界の都市―5大陸30都市の年輪型都市形成史』(2019)彰国社
榎本泰子『上海―多国籍都市の百年』(2009)中央公論新社
村松伸『中華中毒―中国的空間の解剖学』(2003)筑摩書房
芥川龍之介『上海遊記』(2015)青空文庫
陳祖恩『上海に生きた日本人―幕末から敗戦まで 近代上海的日本居留民』(2010)大修館書店
『2019下半期世界経済報告―米中貿易摩擦下の世界経済と金融政策』(2020)内閣府
『2018 通商白書―自由貿易に迫る危機と新たな国際秩序構築の必要性』(2019)経済産業省

このフィールドワークは、首都大学東京における東京都都市づくり公社寄付講座「グローバル都市東京研究」と
中国浙江省安吉県報福鎮での観光まちづくり計画に対する提案プロジェクトに合わせて、上海を訪問した際に実施した。