ニューヨーク

 マンハッタンは二十世紀のロゼッタ・ストーンである。
 マンハッタンの地表を覆うのは、建築の突然変異(セントラル・パーク、摩天楼)やユートピアの断片(ロックフェラーセンター、国連ビル)や非合理的現象(ラジオシティー・ミュージックホール)ばかりではない。各ブロックには、幻の建築物が幾重もの層をなして堆積している。それは過去にその場所を占めていた建築物や流産したプロジェクト、それに大衆の空想といった形を取って、現在のニューヨークとはまた違ったイメージをもたらす。
-レム・コールハース(1995).錯乱のニューヨーク 筑摩書房 pp.7

瞬間のマチエール
 2005年の夏。マンハッタニズム・スーパーフラット・9.11・ハイラインの廃止・MoMAのリニューアル。ニューヨーク・マンハッタンは、この頃、わたしたちの周りに起こった様々な出来事の顛末が、その実感によって描き出されるキャンバスとなっている。ヒスパニック系の住民とストリートカルチャーを体現する黒人の若者たちが行き交うサウスハーレムの安宿から、毎日、小さなカメラを抱えて、アッパーイーストサイド・セントラルパーク・ロウアーマンハッタン・チェルシー・ソーホー・チャイナタウン・ブルックリン、そしてダウンタウン・グランドゼロへと足を運んだ。コインランドリー・路上販売・チキンオーバーライス・スナップル・ほこりっぽい街路・ニューヨークのスカイライン。この瞬間、ここにある、空気と出来事の手触り・空間の肌理を記録しておく。

ニューヨークの成り立ち
 現在のニューヨーク州にあたる地域は、先住民であるインディアン部族が移動型の集落を形成して暮らしていた。ヨーロッパ諸国にとってアメリカ大陸周辺諸島は、大航海時代と呼ばれる時期の1492年にクリストファー・コロンブスによって「発見」されることになる。マンハッタン島周辺は、1609年にオランダ東インド会社の資金援助を得てアジアへの北西航路の発見へ向かったイングランドの探検家ヘンリー・ハドソンによって、詳しく調査されヨーロッパに知れ渡った。オランダ西インド会社は、この島にニューアムステルダムを建設しオランダの植民地とするが、1664年には国家間抗争によってイギリスの植民地となり、時のイギリス国王チャールズ2世は弟のヨーク公にこの地を与え、ニューヨークと改名した。
 イギリス植民地として順調な経済成長を遂げ、1700年に人口は5000人を超す。しかし、イギリス本国からの課税強化に反対し独立戦争が起こり、1783年に戦争に勝利したジョージ・ワシントンらによって、1785年からの5年間はアメリカ合衆国の首都とされる。首都移転後もニューヨークは経済的発展を遂げ、1800年には人口は6万人に達している。大西洋航路の開通によって、ニューヨークはヨーロッパからの移民の玄関口となり、オランダ・イギリス・アイルランド・ドイツなど北欧系から、イタリア・オーストリア・ハンガリーなど東欧系に至までさまざまな国の移民が混じり合い、対立構造も生んでいった。こういった時期の1886年に自由の女神像がフランスから贈られている。1900年代に入るとマンハッタン島の人口は120万人を超え、市街地が現在のミッドタウンにまで達するようになると、無秩序に拡大する市街地に対して大規模な都市計画が実施され、碁盤の目状の街区が形成された。計画で唯一残された、先住民が使っていた道がブロードウェイとなっている。セントラルパークは、住民らの要望を受けて、1876年に現在の形で完成している。
 1890年頃には市街地はセントラルパーク北部のハーレムまで達し、地下鉄などの交通網も整備されていく。20世紀初頭のニューヨークマンハッタン島は、高層化建築の歴史の舞台となる。カーネギーの生産する鉄鋼とオーティスの発明によるエレベーターにより、数多の建築がその高さを競い合い、アールデコからモダニズムまでさまざまな様式の変遷を経て、荘厳な摩天楼が形成されていく。第二次世界大戦を契機にヨーロッパから移住した文化人・知識人・芸術家らによって、ニューヨークは世界の芸術文化の中心的拠点としても繁栄する。以降、大衆文化や消費経済などと密接に関係した現代アートの主戦場ともなっている。戦後、世界経済の中心地ともなったニューヨークで、後にアメリカ同時多発テロの標的となる世界貿易センタービルのツインタワーは、1973年に完成し、資本主義の象徴とも言える存在となっていった。

左:ダウンタウン・アスレチック・クラブの断面図 / 右上:1600年代のマンハッタン島とその周辺 / 右下:仮装舞踏会「ニューヨークのスカイライン」

Credit

対象:ニューヨーク・マンハッタン
方法:写真
観察:2005年7月14日〜7月30日
図版引用:レム・コールハース『錯乱のニューヨーク』(1995)筑摩書房
参考文献:平本一雄『世界の都市―5大陸30都市の年輪型都市形成史』(2019)彰国社